いつもの電車に乗りそびれてしまった。このままでは学校に遅刻してしまう(私は中学生)。
幸い、学校に行くには別のルートがある。近所のB駅から出る電車に乗ればまだ間に合うはず。
私はB駅に向かって駆け出す。
走っている間に周りは段々と見慣れぬ景色へと変わっていく。
ヨーロッパ風の街並み。路面は赤茶けた石畳、道の両側には瀟洒なお屋敷が並ぶ。
どうやら道に迷ってしまったらしい。
焦ってB駅があると思しき方角に遮二無二走る。
いつの間にか、人気のない路地に入り込んでいる。ふと目を上げれば、目の前にはこじんまりとした、しかし趣味の良い洋館。
(ああ、ここが噂の"寮"か)と思い、安堵する。"寮"の中を通り抜ければB駅に出ることを知っていたから。
"寮"の扉は開け放たれてる。中は、黒々とした闇。
少し息を整えて、私は"寮"へと飛び込む。
"寮"の中は不思議な迷宮。扉を開ける毎にまるで違う世界が広がっている。
或いは黒大理石の大広間、或いは優美な大河の畔(まるでドナウ川のようだ、と私は思う)。
すれ違う人々は皆美しく着飾っている。女性は麗々しいドレス姿、男性はタキシードに山高帽。
初めは次々現れる美しい光景にただ驚嘆していた私だが、徐々に不安の方が大きくなってくる。
一向にB駅に辿り着かず、それどころか、もはや"寮"の玄関に戻ることさえできそうもない。
心細くて泣きだしそうになっている私の脇を、椅子を何脚か運んでいるボーイがちょうど通りかかる。
年のころは11歳位。短い黒髪が帽子から覗いている。いかにも真面目そうな顔つきだが、何だか口元の辺りにいたずらっぽい雰囲気も漂わせている。くりくりとした黒い眼がとてもとても可愛らしい。
クラシックなスタイルのベルボーイ服がとても似合っている。真っ赤な生地に金の縁取りのジャケットと帽子、側章付きのスラックス。
勇気を出して彼に駅への道を尋ねてみると、そこのドアを抜けてひたすらまっすぐ行けば駅だと言う。
少し安心した私だが、慎重に問いを重ねてみる。
駅までどれくらいか、その駅というのはB駅で間違いはないか。
彼は答える。駅までにはあと8つのドアを開かなければならない(すなわち、8つの別の世界を通り抜ければならない)、そしてその先に辿り着くのはB駅ではなく岸和田駅(!)。
私は驚き、意気消沈する。とてもとても私一人では駅までたどり着けそうもない。
私は彼にどうか駅まで案内してくれないかと懇願してみる。
彼、胸元からPHS(!)を取り出して時間を確認し、申し訳なさげに、生憎もうすぐ終業時間なのでお手伝いできそうもありません、と言う。
私はがっくりと肩を落とす。今にも泣き出してしまいそう。
彼はそんな私を困ったように見つめていたが、ついには1つ大きな溜息をついて、仕方がないから駅まで連れてってあげますよ、と言い、ニヤリと笑う。
彼、私に手を差し伸べる。
私たちは手をつないで駅への最初のドアを開く。
ここで目が覚めた。